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<6>イベントも終わりに近づき…

2009年04月29日 00:02

ステージでは、ダム建設反対のメッセージが読みあげられ
ようやく終了。
時計がないのでわからないが
多分夜半はまわっていたと思う。

机やテーブルの上にはおびただしい数の空ビン。
みんなよく呑んだ。
その夜は会場の一角に用意されていたテントで寝た。
翌朝になった。
ダム建設反対の話し合いがづーっと続けられていた。

15人程度だが、地にしっかりと足をつけた地味な活動家たち。
その中に一睡もせずガラガラ声になったモンコンさんが熱弁をふるっていた。
やがて、その会場を去り、スラチャイ君達の車を先頭に
大きな邸宅に入って行った。

周囲は自然そのもの。広い庭。池。
スラチャイ君の活動を支持しつづけてきている地元の知人のようだ。
昼近くまでここでゆっくりした。

カラワンのメンバーたちはギター弾いたり
やがてスラチャイ君が新曲を披露してくれたりしたが
皆でメシを食いに行こうと、車4台に全員乗り込み、御当地名物の
河魚料理を食べに行った。
数えたら40人近くもいた。
さすがカラワンともなると大所帯だ。
15歳になるスラチャイ君の息子はお母さん(べっぴんさん)似で
ギターも上手で、前日のイベントでも活躍していた。

うまい魚料理に舌鼓をうった後、
”じゃ、ぼくらはバンコクへ行くのでここでお別れだな。
 ナミさん、忘れないうちにぼくの携帯番号を”
と言って、TELナンバーを書いてもらった。

汽車で8時間も時間をかけて帰るのはいやだからと
バスで帰ることにした。
バス停の前は広い三車線の道路。
そこを一人の若者がウォークマンのヘッドホーンをつけ
ニコニコしながら歩いてきた。
ウォークマンだから歩いて楽しむことができるのはよくわかるが
車がビュンビュン走っている道路のまん中をやってきたのには驚いた。

やっぱり、タイだ。






<5>まつりの話もそこそこに

2009年04月26日 03:03

ステージ横奥の丸いテーブルに案内されスラチャイくんと並んで坐って
みんなと乾杯。
ピックがまつりのことを説明すると

”あー、それはいい、で、いつかい?”

来年の今頃だときくと

"オー、それは遠い先の話だなァー。でも、ナミさんがやるってゆうんなら
もちろん㐂んでやりましょう。"

というところまでは進んだが、その先は、また明日に
という流れになっていった。

このナコン・サワン出身の過激派詩人歌手の
ワサンは風ぼーが南正人にそっくりで、
バンコックで日本人にナミさんですかって何回も言われてさァ~と笑った。

もうすでにベロベロで、二人してメガネを交換して
スナップショットをとってもらったりした。

ナミさん、時間をつくるから、2,3曲歌わない?
せっかく来たんだから。

とスラチャイくんが言うのでOKした。

久し振りに赤ワインをのんで、ボワ~っとなった。
ひっきりなしに堂々とまわってくるヘポパ。
(う~ん、ここには”いのちのまつり”が目指しているものが
 すっかり成熟したかたちで存在している。
 さすが。脱帽。パチパチ)

スラチャイくんが言った。

”ユーゾー・トヨタがくるそうだ。”

その言葉通りまもなく現われた。
いつものジーパンスタイルだ。
しばらくしてステージに立った。
そして、流暢なタイ語を喋り客を笑わせたり、タイ語の歌を歌って
やがて帰って行った。
そしてわたしの出番となった。

「花」と「ロンゴンジョン」と「やめれたら」の三曲うたって下に降り
椅子に坐ってたらいきなりクラクラ、ムカムカが襲って来た。

おととしの国立の地球屋でやっちまった
あのナイトメアー以来のぶっ飛びで
ぶざまにもイスからドサリ、地面にころがりおちてしまった。

ちょっとした坂の下向きに頭があったので
みんなして木の根元にねかせてくれた。
見上げる木々の向うには満月が輝いていた。
すぐに気分は治った。
カラワンの演奏をききながら
気分よくそのまましばらく心を遊ばせていた。









<4>スラチャイくんと再会

2009年04月24日 07:33

会場のわきでは、主催者関係の人が20人くらい
大きなテーブルに、静かにいた。
丁度、スラチャイくんのインタビューをテレビ局が撮影している最中だった。

それもまもなく終わり、
久し振りの再開のあいさつを交わした。
もう6年振りか…。
彼、スラチャイくんのことを語りはじめたらキリがないが
簡単に言うならばタイの民主主義の最前線で活動しつづけてきた
戦士とでも言おうか。
現在は富も名声も手に入れ、悠々自適のムードではあるが
ツアー活動等は継続している。

第1回目、第2回目の”日・タイいのちのまつり”では
彼と2人でうたったりしていた間柄なので、すぐに抱き合った。

ピックの説明によると、この集りは
「カラワン」のスラチャイくんと「Carry On」のTU&EAWさんが
18年前から毎年続けているイベントだそうで
年毎にスローガンは変るようで
今年はダム建設反対だそうだ。

出演者はもう、みんな実に仲が良く全員が酒をのんでいた。
しかし、よく呑む。
お客さんものんでる。

日本だったら収拾がつかないくらいの大騒ぎになっても不思議じゃないが
ここでは大声を出したり、わめいたりする人が
誰一人いない。

なんて、ピースフルなことか。






<3>やっとイベントに到着。

2009年04月23日 07:03

途中、ビールと炭酸水と酒をしこたま買い込んで走ること約30分。
すっかりまっ暗だ。
横道にそれて舗装されてない田舎のハタケ道を行くと音がきこえてきた。
会場のようだ。

すっかり夜なのでよくわからないが会場全体はあちこちで光ってる
小さな裸電球のあわい光に映し出されていた。
背の高い木がたくさん生えている。
林の中のようだ。
ステージの前にはもうすでにたくさんの人がゴザに座って
じーっとステージに集中していた。

出店は酒を売る所とTシャツ、CD、石鹸をおいている所だけで
食べ物の屋台はなかった。

全部で300人程度の規模の小さな集りで、落ち着いたいい感じだ。





<2>ナコン・サワン行きの朝

2009年04月20日 00:00

2009.2.7(金)

朝8:50発の鉄道で行くということだったので
ボクは余裕をもってチェンマイ駅で仲間のタイ人たちがくるのを待っていた。
ところが8:50になったのにまだ列車の姿はない。
5分ほど遅れて仲間のメンバーが大慌てで駆けつけてきた。
まだ汽車が到着していないことを知って
ホッと胸を撫でおろしていた。

17年前に知り合ったタイ人の親友ピックさん(♀)の御主人のドイツ人、ステファン曰く
「20年前と何も変わってない。」
この20年間にたくさんの変化があったにもかかわらず
鉄道に関しては、まったく変化がない、つまり、鉄道の時刻表も昔のまんま
前後30分くらいのずれもそのままだという。

やがて列車が到着した。
たったの三輌。
始発駅ということもあって乗客は少なく、ゆったりと坐れた。
全席指定。
発射して間もなくお弁当が乗客に配られた。
同行のレックさんは二つも食べていた。
ナコン・サワンがどこにあるのか知らなかったが、結構遠くて8時間もかかった。

われら全員タバコ愛好家は、8時間もの長いあいだ禁煙でいれるはずもなく
サテ、どこか吸う場所はないものかと相談した。
このタイ国でも公共の場所、レストラン等での喫煙が法律で禁止となった。
ピックが言った、
「車輌と車輌の間の連結の部分にはホロもないからあそこで吸いましょう」と。
だがそこは一人がやっと通れる狭くて危険極まりない場所に思えた。
何かの拍子に汽車から振り落とされてしまってもおかしくない所だ。
レックの奥さんのモンさんが、
「トイレが一番よ」と言った。
トイレの小窓は開きっぱなしなので、
外の景色を眺めながら順ぐりに一服を楽しんだ。

やがて少しずつ乗客が入って来て
ナコン・サワンにつく頃には全席がうまってしまった。
夕陽が沈んだ頃、目的地ナコン・サワン駅に到着。

腰をのばし、タバコに火をつけ、しばしボーッと駅前で迎えの車を待った。
タイでも携帯電話は、もう当り前になっていて
まもなく9人乗りの立派な車が迎えに来た。








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